産学官連携開発の成果8年の月日をかけて完成させた産学官連携の集大成

ナノコンポジットWの井上春成賞受賞にあたり、共同開発者である京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 生体分子工学専攻・木村教授のインタビューをご紹介します。

産学連携でナノテクノロジーの先駆け

木村 良晴 教授
木村 良晴 教授

当製品の開発には約8年を要しましたが、開発当時の環境についてはいかがでしたか?
開発当時は、ちょうど大学に産学連携のための地域共同研究センターが完成し、企業が研究者を派遣し研究開発ができるようになった時期でした。完成とともに、技術力に定評のある水谷ペイントさんに声をかけたことが、この産学連携のはじまりです。
研究開発の目標は、最初からナノテクノロジーでしたか?
産学連携当初からナノコンポジットエマルションをイメージしていたわけではありません。私どもでは有機と無機のハイブリッドを研究テーマとしていましたし、水谷ペイントさんは次世代の環境対策塗料を目指されていました。そこで開発にあたり、「最初からナノテクノロジーで行きましょう」と強く提案し、ナノテクノロジーを駆使した開発にしようと決めました。ナノテクノロジーについては’98年くらいから言われ始めていましたが、当研究では世間で言われる前からナノテクと言っていたんですよ。
研究開発において苦労されたことは?
ナノサイズのエマルションについては、理論は確立していたものの、実現例はありませんでした。今回の開発は、無謀にもやり始めたという感もありましたが、成功して本当によかったと思います。

ナノコンポジットエマルション樹脂に関しては、通常の大きさの樹脂粒子中にナノサイズのシリカが点在するサラミ構造(サラミの断面のような)をイメージしていました。ところが実際に完成した樹脂は、ナノサイズのシリカひとつひとつを樹脂が覆っている構造になっていました。

最初からうまくいったわけではなく、シリカ表面を有機の樹脂で被覆するためにまずナノサイズのシリカ表面に界面活性剤(※1)をいきわたらせることが必要でしたが、これが非常に難しかった。実験を繰り返した結果、通常より高い温度で重合したとき、一度濁った後にまた透明になるという発見を水谷ペイントさんの研究者が報告しました。このときできた樹脂の構造を見てみると、シリカのナノパーティクル(※2) ひとつひとつを樹脂が覆っている構造であることが確認できました。

界面活性剤は一定の温度以下で効果を発揮するので、こんな高温での重合は常識はずれでしたが、これがうまくいきました。まさに逆転の発想と言えます。このとき開発開始から2年を経過していましたが、ここでようやく開発の山を越えた感じがしました。

無機質の粒子を有機質の皮膜で覆うには、無機粒子の表面処理をすることになりますが、通常は特殊な設備と表面処理剤が必要で、かなりの費用がかかります。ナノコンポジットエマルションは、一般的に用いられている樹脂製造手法と界面活性剤を使用した非常に簡便な手法で重合できることから、画期的な樹脂製造法と言えます。
この逆転の発想による成功については今でも不思議です。それゆえ現在、これに優る技術はないのではと思っています
ナノコンポジットエマルションの開発を通じて、産学連携で成功したことは?
産学連携は、両者が興味のある開発であることが重要です。水谷ペイントさんの研究者が重合した樹脂を大学側で解析し、ディスカッションして開発の方向性を見出す。それぞれ単独でやった場合にはうまく行きません。研究設備や薬品などを融通しあい、お互いの持ち分をうまく活かすことによりシナジー効果が生まれました。また、企業の研究者が懸命に従事している姿を学生に見せることにより教育的なメリットもありました。

日本三大技術賞の一つを受賞

ナノコンポジットエマルション樹脂およびナノコンポジットWの井上春成賞受賞について、ご感想を。
井上春成賞は、工業技術の発展において非常に権威のある賞の一つです。工業技術発展において企業の研究成果を事業化したことを評価する賞としては市村賞、大河内賞がありますが、それらと肩を並べる賞です。また、科学技術振興機構の主催であること、大学の研究を事業化することが井上春成賞の特徴であり、社会的なエフェクト(市場に受け入れられたこと)が受賞のポイントです。今後も、この開発成果が注目をあびるようになるのは間違いないと思います。
今後、具体的な開発テーマはありますか?
企業の開発プロジェクトは、開発期間を設定し、製品開発に目処が立つと終了ですが、研究はエンドレスです。ナノコンポジットエマルション樹脂のフィルムについてもっと詳しい構造解析をしていきたいと思っています。研究開発では技術の活路はどこに存在するかわからないので、一方向に限定してはいけません。イノベーションシステムというのは、新しい技術を研究開発していくと同時にその成果と技術を蓄積していく体制のことを言います。そのシステムの構築に取り組んでいきたいですね。
語句の解説
※1界面活性剤:油分を微粒子の形態で水中に分散安定化させる、いわば石けんのようなもの。
※2ナノパーティクル:ナノサイズの小片。

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